この赤ちゃんは両親によって、メモと共に公園に捨てられていた→4年後の赤ちゃんの変化に親は言葉が出なかった…!

アメリカ人女性との出会い

その後、この男の子は児童養護施設に保護されました。

しかし聴覚障害を持っていたため、幼い頃から独りぼっちになってしまうことが多かったと言います。

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孤独な日々を送っていた彼はある時、遠く離れたアメリカで暮らしている女性と出会います。

モリー・サノさんというこのアメリカ人の女性は、旦那様と以前から里子を引き取ろうと考えていました。

そんな時、聴覚障害を抱える男の子が里親を求めていることを知りました。

そしてその子と会うために2014年2月、アメリカからはるばる中国まで足を運んできてくれたのです。

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彼は2歳になっていました。

初めて出会った時、彼はモリーさんに抱かれては泣きじゃくっていたものの、

次第に安心したかのように泣き止みました。

モリーさんはこの時のことについて、「一目惚れのような感覚だった」と振り返っています。

養子縁組を済ませた『親子』はアメリカへ渡り

、新しい家族に迎えられた彼は「ベネット」と名付けられました。

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新しい家族のもとで

モリーさんは手話の講師で、彼女の夫もまたベネット君同様に聴覚障害者でした。

聴覚障害に理解のある環境でベネット君はすくすくと育ちました。

最初は泣くことでしか感情を表現できなかった彼でしたが、少しずつ手話での会話を覚えていきました。

モリーさんの実の娘であるミラちゃんも新しい弟に夢中で、

「2人はまるで双子みたい」だとモリーさんは『仲良し兄弟』を嬉しそうに見つめます。

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そんな幸せな日々もつかの間、ベネット君はただの聴覚障害ではないことがわかります。

ベネット君が患っていたのは「アッシャー症候群」だったのです。

それはベネット君が聴覚だけではなく、視力も徐々に失っていくことを意味していました。

20歳になる頃にはベネット君が完全に視力を失うことを知ったモリーさんは、

彼のルーツを文字や言葉で教えるのではなく、視力のあるうちに実際に見せてあげたいと思うようになりました。

再び中国へ…

2016年1月、モリーさんはベネット君を連れて再び中国の寧波へ渡り、彼の生みの母親との面会を果たしました。

ベネット君の生みの母親は、手放した息子が自分の望んだ以上の生活をしていることを知り、

悲しみと喜びがない混ぜになったようなな複雑な表情を浮かべました。

これは別れの際に写された写真です。

2人の母親は強く抱きしめ合いました。

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家庭の事情で置き去りにされてしまったベネット君でしたがモリーさんと出会い、

愛情に満ち溢れた家族に囲まれて幸せな毎日を送っている姿を見るとほっとします。

こちらまで幸せな気分になりますね。

今後、ベネット君には視力まで失われるという辛い現実が待ち受けているのですが、

モリーさんとその家族がいればきっと愛情で支えてくれるでしょう。

困難に打ち勝ち、人生を切り開いて行って欲しいものです。

出典:Cadot

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