今は亡き夫へ…
「恋文募集中!」のポスターを郵便局で見かけたのをきっかけに、
何気なく応募してみたとコメントしているタケさん。
その手紙が審査員の全員一致で大賞に選ばれるなんて、思ってもみなかったそうです。
“天国のあなたへ”というタイトルではじまる恋文は32歳で戦死した旦那さんへ向けたもので、
今までずっと抱えていた想いを綴った最初で最後の恋文でした。
その内容がこちらです。
天国のあなたへ
娘を背に日の丸の小旗を振ってあなたを見送ってからもう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのはほんのつかの間でした。
三十二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは今どうしていますか。
私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは三十二歳の青年、私は傘寿を迎えている年です。
おそばに行った時おまえはどこの人だなんて言わないでね。
よく来たと言ってあの頃のように寄り添って座らせてくださいね。
お逢いしたら娘夫婦のこと孫のことまたすぎし日のあれこれを話し思いきり甘えてみたい。
あなたは優しくそうかそうかとうなずきながら慰め、よくがんばったとほめてくださいね。
そしてそちらの「きみまち坂」につれていってもらいたい。
春のあでやかな桜花、夏なまめかしい新緑、秋ようえんなもみじ、冬清らかな雪模様など、
四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。
私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ愛情を支えにして生きて参りました。
もう一度あなたの腕に抱かれてねむりたいものです。
力いっぱい抱き締めて絶対はなさないで下さいね。
(出典:イミシン)
実はこのコンテストが開催された年は、ちょうど戦後50年が経った年でした。
半世紀ぶりに旦那さんへ向けて綴った恋文は、切なくも愛しさ溢れる内容でした。
この恋文は当時雑誌やテレビでも話題となり、日本中で感動の声が上がりました。
罪悪感とやり直し
手紙が宛てられたタケさんの旦那さん、
“淳之介さん”は当時28歳のタケさんと3歳になる愛娘を残し、享年32歳で戦死しました。
この写真は淳之介さんが戦死する2か月前に一時帰国して、1日だけ家に帰った時に撮影された最後の家族写真です。
着物の男性が淳之介さん。
そして女性がタケさん、その腕に抱かれているのが娘の佐藤緋呂子さんです。
抱っこを拒否して…
娘の緋呂子さんは当時の事をこう綴っています。
「わたしはその日のことを不思議な出来事として心の奥にずっとしまい、しっかりと記憶していた。
物心ついて父に逢った、たった一度だけの日のことを。
祖父が経営していた『はかりや印刷所』の従業員の人々が気ぜわしく動き回り、
祖父母、叔父叔母、そして母がその日は『そわそわ、ざわざわ』していた。
浮き立つような空気の中、その人『父』は現れた。
わたしにとって『父さん』という意味がわからないまま、
みんなが『父さんだよ』という切羽詰った言葉の中に、
とっても『大事な特別の人』なのだということをつよく感じていた。
眼鏡をかけ、髭を生やしたその人は少し恥ずかしそうに
『おいで・・・・・』と両手を差し伸べた。
わたしは固くなって『抱っこ』された。
翌朝、雪の中をカメラを構えて叔父(洋画家・柳原久之助)が待っていた。
着物姿の父が両手を差し伸べたのに、
わたしは母にしがみついたまま、その写真のなかにおさまってしまった。
父は差し出した手を袖の中に組み、わたしは気にしながらも母の腕の中にいて、
そして一枚の親子の写真が残された。
それからずっとわたしは『悪いことをした』という思いに胸を痛め、
5歳になるまでそのことを悔やみ続けていたのだった。
5歳になったある日、母と上京し皇居二重橋の前で大勢の兵隊さんたちに出会った。
その中でひときわ目立って凛々しい兵隊さんが振り向いた。
『おいで・・・』と手招きし
わたしに両手を広げた。
(アッ、今度こそは笑って『抱っこ』されよう・・・)
あの時の人ではないと直感しながらも
わたしは思いっきり走り、勢いよくその人の胸の中に飛び込んだ。
いままでのわだかまりが消えて心がスーッと晴れていくのを全身で感じていた・・・。
その人は父の隊長、杉山元その人だった。
それは父の戦死から2年後母はまだ30歳の若さだった。」
大切な思い
この「きみまち恋文全国コンテスト」は1995年から10年間、毎年開催されました。
その際にきみまち阪公園に設置された“恋文ポスト”は今も利用が出来ます。
そしてこのポストへ投函するとハート型の風景印が押印され、相手元へ届くのです。
タケさんが綴った恋文からは、今も昔も変わらぬ大切な思いがあることが伝わってきます。
決して返事はこないけれどそれでも、と恋文を書いたタケさん。
この直筆の恋文は現在、淳之介さんの思い出の品と一緒に靖国神社の遊就館にて常設展示されています。
生きている間に気持ちを伝える事も大切ですが、いなくなって初めてわかることもあるかと思います。
そういった大切な思い、大事にしていきたいものですね。
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出典:イミシン